フイルムカメラとデジカメ
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3年に一度という築地波除神社の大祭が日曜日にあることを知って出かけました。
もちろんカメラを持ってです。一本の木から彫ったという男獅子と女獅子をかついで
都心の大通りをねり歩きます。携帯でパチリとやる人を含めれば今や日本人は
総カメラマンです。神輿はそのカメラの行列も引き連れてゆきます。背伸びをしても
なかなか上手く撮れません。とくにスナップは状況を作ることが困難です。
何枚か撮って、紙の上で状況を作り出してみました。やり方は前景を切り抜き、その
切り抜きパターンの裏返しで背景を切り抜き前景と背景を重ね合わせます。
重ねあわせた目は少しコピーペーストで周囲の色になじませます。下記の作品中
一枚がそのやり方で作ったものです。
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マレーシアと江戸川区の小学生とでネット碁団体戦を行いました(2008.12.14)。ネットで囲碁などは当たり前で珍しくもありませんが、団体
戦となるとなかなかできません。まず場所の確保が問題です。学校など公共設備ではパソコン環境も整備されていますが囲碁のネット対抗戦などは許してもらえ
ません。インターネットカフェはどうでしょうか?日本ではいずこも狭く団体戦をするほどの広さがありません。また碁会所では数台のパソコンはあっても団体
戦をやるほどのパソコンは揃えていません。
今回は江戸川区の碁会所にパソコンを持ち込み、ネットワーク接続用の無線LANを用意し、碁会所に通う子供たちに集まってもらって、マレーシアの首都ク
アラルンプールの子供たちと6人ずつの団体戦を行いました。マレーシアの囲碁連盟はネットカフェを借り切って会場にしています。相互のサポーター間の連絡
はインターネットビデオ通信のSkypeで行います。対局の雰囲気が伝わるように江戸川区の碁会所には液晶プロジェクターも持ち込みました。残念ながらマレーシア側にはプロジェクターの用意はありませんでしたがパソコンの画面で幾分か伝わります。通信のSkypeもネット碁(今回はKGSを利用してMalaysiaルームで対局)も普及していますからまったく問題はありませんでした。ただ子供集めからパソコンセットや進行管理など大勢のサポータの協力が必要です。
団体戦は6人をAクラスとBクラスに分けて3人ずつ総当りで3回戦を行いました。結果は2勝16敗と大差でしたがこれは江戸川区が小学生を集め、マレーシアが中学生が中心だったこともあるようです。
今回のイベントは江戸川少年少女連絡会の高橋会長はじめとするサポータの方々と「碁スカイパーク」の足原理事長、梶原副理事長、進行担当の松永とで 運営しました。また日本棋院の「碁ワールド」の記事担当の囲碁ライター左合さんにもかけつけていただきました。マレーシア側にはマレーシア囲碁連盟のTiong会長、BillyさんおよびKLジャパンクラブ囲碁部長の津田さんのお世話になっています。マレーシア側での写真はここにありますが随分盛大にやったものですね!
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まぐまぐから発行している詰碁のあるメールマガジンが100号になりました。
その100号目をここにアップしておきます。
| 囲碁マガジン「次の一手は?」 |
やっぱり血統?
先日、故木谷実九段の子息で著名な方の講話があるので、そのあと懇親会で囲碁の話でもしようかという話が仲間からありました。 え?女流名人の(故)禮子さんなら知っていますが、ご子息も碁を!と思って調べてみました。
木谷夫妻には3男4女(一人は夭逝)があり、長男の木谷健一氏は初代国立長寿医療研究センター長で米国加齢学会賞(ヘイフリック賞)を受賞、次男の明氏は東京高裁部総括判事を経て法政大学法科大学院教授で瑞宝重光章受賞、三男の正道氏は都庁の産業政策担当部長、IT推進室長を経て現在NPO暮らしと耐震協議会理事長かつ「ギターの弾き語りで地域にエールを!」の活動(NHK深夜便CDあり)を続けられています。この3人とも東大卒です。さらに4女の智子さんは元毎日放送のアナウンサーとすばらしい家系です。
教えてもらって木谷正道氏のホームページを覗いてみると次の一節がありました。
『物心がついた時から、家には碁の内弟子がいた。最大時に16人。小学校時代は日本棋院にも院生として通い、 プロ棋士をめざしていた。中学一年のときに、父に手をついて「碁をやめさせてください」と頼んだ。「そうか」の一言で僕は碁をやめたのだが、
あまりにあっけなかったので子どもながらに少々不満だった。父には、息子の才能の限界が見えていたのだろう。 「木谷道場と70人の子どもたち」という本を晩年の母が書いた。母にとっては、みんなが自分の子どもだったし、 弟子も実の子どもも、母を「お母様」と呼んでいた。思い出がたくさんある。』
『ずっと、自分と碁は関係ないと思い、意識的にさわらなかった。最近、碁の普及を始めた。沖縄・津堅島、土屋の寺子屋、進和学園・・・。授産施設と耐震協議会が連携する小碁盤の製作・普及事業も始まった。このまま碁界が衰退するなら、たくさんの弟子を育てた僕の両親は何をやったのか分からない。僕は碁は強くないが教え方は結構うまい。碁は高齢社会を乗り切る切札だから、教えてあげれば皆に喜んでもらえると思う。彼岸で父に再会した時に、「お前も少しはやるじゃないか」と褒めてもらいたいものだと、半ば本気で思っている。』
囲碁ではないけど将棋の米長名人が「兄貴たち三人は頭が悪いから将棋打ちにならず東大に行った」と言う話もありましたが、まったく天才は血統に現れますね!
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今日は日曜日で国分寺市の市民囲碁大会です。市長が挨拶に来るほどの盛会でした。昨年まではBクラスで出場していましたが、賞品を何回か頂いたので今回からAクラスです。そこに家内からの電話で写真展の入賞で午後からの表彰式に参加してほしい旨の連絡があった由。
私が応募したのは昨年たまたま入賞した立川の羽衣ねぶた写真展だけです。今年も応募してみましたがベテランが多い中あきらめて公開展示会を見にもいきませんでした。それが今年も入賞とは!2回戦の囲碁が終わってから立川の展示会場まで駆けつけました。
応募した写真は、当日角度の違う満月も撮影してねぶたと合成した一枚、祭りの奥行きを見せるために多重露光風に合成した一枚、それにねぶたをソフトでズームパンをした一枚の合計三枚でした。このうちの満月が立川観光協会賞になりました。多重露光も講評のプロのコメントをもらい予想外の結果に囲碁で負けて沈んでいた気持ちも弾んできました。
会場に入ったら何年も連続入賞し昨年は市長表彰をもらった女性が今年も入賞していました。こんな人たちの中でラッキーでした。
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碁コングレスは水曜日はお休みでレジャーや観光に当てられています。また2週間の間に挟まった土日はメインの試合はないので旅行に出かけることができます。
今回は最初の週は一人でウプサラの大学街にでかけ、週末の土日は観光バスでストックホルムの一泊旅行に、2週目の水曜日はシリアン湖一周のバス旅行に参加しました。
そのお休みの間の観光写真を下記にアップしました。
http://picasaweb.google.co.jp/k.maznaga/EGC2008
大会に参加するのは大人だけではありません。写真のような子供が大勢参加するので、子供専用の対局会場
も用意されてありま
した。

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第52回2008年のヨーロッパ碁コングレスはスエーデンで行われました。昨年はオーストリア、来年はオランダとヨーロッパの各国持ち回りで開催されています。毎年ホームページが作られていますのでEGCで検索すれば隔年の様子がわかります。今年は下記に対戦結果も沢山の写真と共にアップされています。http://egc2008.goforbundet.se/en/congress/index.php
結果は1-5位までが韓国と台湾で占められており、6位がルーマニアのカタリン5段プロでした。日本人は全体の1割ほどで役100人が参加しましたが在仏の野口さんの13位が最高でした。私も地域の市民大会などの段位から4段下げて参加しましたが5-5の成績でした。
ここには囲碁でなく開催地のレクサンド町と周辺の写真をアップします。
レクサンドはスエーデンの地図で中ほど、首都のストックホルムからは列車で3時間ほどのところにある人口1万人ほどの町です。シリアン湖に面した避暑地としても知られているようで北海道石狩の当別町と姉妹都市となっています。グーグルの写真で見るとシリアン湖は三日月型でクレータの跡にできた様子がわかります(写真クリックで拡大)。直径50kmほどもあるので観光バスで回れば一日がかりです。

この周辺はダーラナ地方と呼ばれており、バイキングの墓群が残り、デンマークから独立の原動力となった戦士たちの故郷であり、民芸品ダーラヘスト(木彫馬)の産地です。
レクサンドの町の写真は以下。研修センターのような宿舎群、宿舎から見た湖の虹、町の中心、列車の駅、町の一角、コングレスの案内板、教会の一つ、吹奏楽の練習風景、夏至祭の広場
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